クリスマスが終わり年が明け、街はすっかりバレンタインの季節となった。
ショーウィンドウに飾られたチョコレート箱やバルーンの装飾。ヘビーローテーションされるバレンタインデーキッスのBGM。大人も子供も女性たちは今年もまた皆思い思いのチョコレートを選んでいる。
その横を通り過ぎながら私は思った。バレンタインにろくな思い出がない。と。
今まで生きてきた20数年の人生、何度思い返してもバレンタインにろくな思い出がない。
幼稚園も小学校も中学校も高校も大人になってからも、何度思い返してもバレンタインの甘くとろけるようなお話が一切収録されていないのである。代わりに蘇るのはいつも苦々しい思い出ばかり。
初めての記憶は幼稚園の頃。おそらく初恋だった。
隣のクラスのトモキ君。幼少期の初恋の基準はよく分からないが、いつも笑顔で優しくて一緒に遊んでくれるトモキ君が好きだった。大きくなったら結婚するとも言っていた。
トモキ君もまんざらではない様子。結婚の仕組みはあまりよく分かってはいないけど、宣言すれば大好きな異性と将来自動的にずっと一緒に暮らしていけるシステムだとぼんやりと思っていた。幼少の時期の思い込みは馬鹿だけど可愛くて夢に溢れている。
今ではそんな簡単にお互いの意見や環境が合致する程世の中は甘くなく、それをすんなり乗り越えていくのはそれを乗り越えた事にも気付かないような運の良い人達なのだと悟ったような気分になり、毎年送られてくる一度も肉眼で見たことのない子供だけの写真入り年賀状に新年早々(誰が興味あんねん!)と心の中でツッコミを入れる嫌な大人になってしまった。涙で画面が見えない。
幼少期に話を戻す。とにもかくにも大好きなトモキ君と結婚する為にはまずプロポーズをされなくてはならない。
好き→プロポーズ→結婚→ハッピーエンド
純粋な子供心にはこの方程式しか存在しなかった。
この流れを成功させる為にはトモキ君の口から「結婚して下さい。」という言葉を引き出さねばならない。
いつも戦隊ヒーローの必殺技しか繰り出さないトモキ君の口から「結婚して下さい。」という言葉を引き出さねばならないのである。
そう意気込んだはいいが、純粋なはずの幼少期から既にコミュ障を発していた私にはその術が分からず、秋が来て年が明け、街はすっかりバレンタインの季節となった。
乗るしかない、このビッグウェーブに。クリスマスの波は見送ってしまった。
組が変わる。もうこれが最後。
「お母さん、勝負チョコ買ってきて!」
トモキ君のプロポーズを待つ私は覚えたての「勝負チョコ」という言葉をさっそく使い、母親にチョコレートの調達を依頼した。
大人である母親の恋愛経験置の高さたるや幼稚園児の私のそれとは比べものにはならない。
娘のオーダーにニコニコしている母親はきっとトモキ君に「結婚してください」と言わしめるような完璧な勝負チョコを用意してくれるはずだ。
バレンタイン当日、用意されたチョコレートは勝負チョコという名に相応しいラッピングが施されていた。ずっしりとした重みも感じる。お母さん、奮発してくれたんだな。
「トモキ君、はいこれあげる!」幼稚園バスから降り教室へ向かう賑やかさに紛れ、ついにトモキ君に勝負チョコを手渡した。
「好きです」なんて言葉はいらない。いつも大きくなったら結婚すると言っていたしトモキ君もまんざらでもない笑顔なのだ。良かった、いい感じだ!次にお前は「結婚してください」と言う!さぁ早くッッ!早くプロポーズしろッッ!
その時だった。「早くみんな教室に入ってー!!」先生が笛を鳴らし呼び掛けている。
その言葉に私もトモキ君も一目散に教室に駆け込んだ。先生の命令に幼稚園児は逆らう事ができない。しかしこの続きはまた後で、きっとトモキ君は私の気持ちに応えてくれるだろう。
お弁当後の休憩時間、予想通りトモキ君はやってきた。
「あっちへ行こう」と人気の無い階段へ連れていくトモキ君。幼稚園児のくせにクールな誘い込みである。プロポーズきたこれ!さぁ聞かせて。「結婚してください」のその言葉を聞かせてよ!
「これ、いらない」
は?
耳を疑った。え?まさかの勝負チョコ、返却宣言である。
「なんで?チョコレート!あげるよ!今日バレンタインだから!」と言う言葉に被せるかのように「とにかくこれ返す!いらない!」と言い残しトモキ君は走り去っていった。
手元には金色のリボンが外された勝負チョコが残されていた。
こうして私は訳も分からないままに失恋をした。頬に涙がボロボロと伝い落ちてきた。何が駄目だったんだろう。いつもはあんなにニコニコしていたのに。プロポーズしてくれるんじゃなかったの?それともトモキ君は優しいからいつも私が言う事が本当は嫌だったのかもしれない。
愛情を押し付けすぎたこのチョコレートどうしよう。まさか返されたなんてお母さんに言えやしない。
もう食べよう。食べてしまおう。チョコレートの甘みで悲しみを紛らわせよう。トモキ君の事も忘れよう。
そして普通な顔して家に帰って「うまく渡せたよ」ってお母さんに報告するんだ。お母さん、ごめんね。今となってはこのハートがいっぱい描かれた袋もとても虚しいや。泣きながら小さな手で袋からチョコレートを取り出した。
相撲だった。
なんていうかチョコレートが相撲の形をしていた。立体的だった。相撲のフィギュアみたいになってた。
今にも土俵入りしそうな相撲のフォルム。雲竜型かな?筋骨隆々としたフォルムの相撲のチョコレート。
その相撲が立つ土台にはデカデカと金色のフォントで「勝利」の二文字。渋い、渋すぎる。勝負チョコの意味が完全に違う。勝負違いってやかましわ!こんなもん幼稚園児が幼稚園児に渡すチョコレートじゃないやろ
世間は若貴ブームに沸いていた。完全にチョコのチョイスが若貴ブームという名のビッグウェーブに乗っていた。波に飲まれた私は初めての失恋をした。
この当時の日本で相撲と母親が原因で婚約破棄になったのって私と宮沢りえぐらいしかいないんじゃないだろうか。
あれから20数年が経ち、今年のバレンタインは特に予定もないくせに、会社の人に居もしない彼氏と過ごしていると思われたくて見栄で取ってしまった有給をどう過ごそうかと頭を悩ませている。相撲でも見に行こうか。
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